浅原神社の“大しめ縄”はどこから?

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町の鎮守、浅原(あさはら)神社。毎年秋の2日間(9月9日・10日)に1万5千発の花火が“奉納”される、唯一無二の花火神社でもあります。

坂道のその参道は、お祭り会場の中心地・花火桟敷席へと続いています。立ち並ぶ露天屋台を左右に、くぐり抜ける一の鳥居、ニの鳥居。花火の爆発音と雑踏のなかを歩くだけで、今では珍しくなった「日本のお祭りだ!」という感じがするとかしないとか。

今日は、片貝まつりに訪れた誰もが目にしている大鳥居を飾る、“大しめ縄”についてのお話です。

訪ねたのは、小千谷市南端の若栃 (わかとち)集落。

最北端の片貝からは車で30分程度、さらに5分走らせれば大地の芸術祭の地・十日町という、“山奥”の集落です。

その村で11月中旬から進められる季節仕事「しめ縄づくり」にお邪魔してきました。

新たな“しめ縄”とともに迎える新年。かつてはどんな農村でも作っていた自家製の飾りでしたが、今では、“縄ない”の技術を実際に発揮できる方は珍しくなっています。

片貝でも、浅原神社のしめ縄のみならず、お祭りの花火玉送りに使用する各町内や同級会の山車には、“しめ縄”がしっかりと巻かれています。1発1発の花火玉が神社へ納められる“奉納煙火”だからですね。

それでも片貝のしめ縄は現在、四之町のおじいさん1人で全ての町内分を作らなければいけない状況です。

若栃のしめ縄づくりといえば、細金幸一さん(67)。3年前に「しめ縄づくり見させてください」と突然現れた片貝の若者を快く迎えてくれた、しめ縄のプロフェッショナル。

「また今度来たら自分の分(しめ縄)作って持っていくか」と満面の笑みを見せる、縄ないのお師匠様です。
(3年前、初挑戦した私は、何ともできの悪いしめ縄を作り上げたのでした…笑)

住民たちで立ち上げた「若栃未来会議」の、地域産品の企画リーダーでもあります。

「花ごぼう」と呼ばれる、縦型の玄関飾り。関西では一般的な、横向きに据付けて飾るタイプのものに近い。ウメモドキや松、昆布など縁起物の装飾がアクセントで、見た目にもインパクトがある。

3年前に初めて買わせてもらって以来、毎年買い換えるようになった逸品。「材料もほとんど(ボンド以外)が若栃産。作ってるじいさんばあさんももちろん若栃産(笑)」と、集会所での作業は笑顔が絶えない。この日は、女性3人、男性3人で午後の作業中だった。

稲藁は、しめ縄専用に栽培、青刈りされたもの。青く清新な香りが、作業場一体に漂う。いよいよ師走、といった空気だ。

「しめ縄にも意味があるみたいで、白い紙が“雷”、垂れた藁が“雨”、それでねじれているのが“雲”と聞いたよ」手を休めずに語る女性陣から、たくさんのことを教わった。

若栃の皆さんが手作りするのは、何も小さな正月飾りだけではない。家や町の神社を1年間かけて守る“大しめ縄”も、近年は注文が多いという。周辺市町からの注文には、「今は自分たちで作れない場所も多いからね」と、多くの村で技術が途絶えてしまった現状が透けて見える。

「片貝の大しめ縄もできてるぞ。これから納めさせてもらうよ」

片貝の浅原神社の大しめ縄も、現在は若栃産。かつては、社務や年行事の担当地区が、十人ほどで大しめ縄を作っていた。そのことがわかる記録ビデオが、我が家にあるので、何かのタイミングで見直す機会が欲しい。

大晦日を前に、浅原神社の本殿周りに納められる予定。毎年1度の小さな結びつきのように見えるが、村と村同士が、実はつながっていることがわかる。

作業場の奥に立派な額。田中角栄の書が若栃には3つ4つ眠っているのだとか。若栃は今も力強い村だ。

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「花火のち晴れ」は、花火のふるさと“カタカイ”の日々を記録する日記のようなものです。いつもの静かな朝から、熱狂的なお祭りの夜まで。どこにでもありそうで、世界のどこにもないかもしれない、この町の姿を伝えていきます。

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