今年も花火は撮れなかった…秋。–私の片貝まつり2019–

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皆さん、今年もいい花火でしたか?

“お祭りロス”からようやく復活してきたので、自分なりの「片貝まつり」を簡単に振り返ってみたいと思います。

 

2019年9月8日午前5時。

令和元年の片貝まつりの朝は、田んぼを黄金に輝かせてやってきた。

8日午後3時。

翌日から2日間の奉納煙火を前に、子どもたちや親子連れが総参加の「伝統屋台曳き回し」。お祭り行事のスタートだ。先頭を歩くのは、花火行事をとり仕切る片貝町煙火協会の安達会長。見事に晴れ男だ。

9日午前9時。

前夜祭の民謡流しを終え、日が変わると、花火1日目のお祭り本番。早朝6時の祝砲(花火連打)で目を覚ました若者を中心に、朝8時から片貝の花火文化は動き始める。

9日午後1時。

木製の花火筒(かつて三尺玉を打ち上げていたもの)を町中に引き回す、伝統の「筒引き」神事だ。こうした花火文化が残っているのは、片貝くらいかもしれない。

9日午後3時。

今年成人を迎えた同級会・青纏会(せいてんかい)を中心に、町中に花火打ち上げを告げる。にぎやかに騒ぎ立てるのが、この町のお祭りスタイルだ。

今年の片貝まつりは月火曜日開催という巡りもあって、ようやく観光客も。平日にもかかわらずお越しいただきありがとう(笑)。彼らはきっと、夜の花火はもちろんだが、朝、昼の行事もふんだんに花火文化を楽しめるだろう。

9日午後2時。

還暦・双葉会(ふたばかい)が同級生の家々を巡って、花火打ち上げを祝う「木遣り歌」を捧げる。この木遣り歌は、花火を打ち上げる家庭や、奉納する浅原神社で必ず歌われるものだ。9月16日に新潟市で開催された国民文化祭の開会式でも披露され、花火の町では大きなニュースとなった。

9日午前11時。

33歳厄年・暖心会(あったかい)の玉送り。昔から女の厄年とあって、会長も女性が務める。兄の同級会でもあり、小さい頃に遊んでもらった皆さんがいて懐かしい。

ちなみに、還暦、33歳ともに豪華な屋台が大注目だった。

33歳・暖心会の屋台は、今年の新作。大工の同級生を中心に、一夏をかけて作り上げた精巧な1台だ。山車の本場・飛騨高山まで足を運んで研究もしたとか。大工部長の辰馬さんは「かっこいいだろ。この日に帰ってくる同級生もいるから、下手な仕事はできないよな」と屋台づくりへの思いを明かしてくれた。

42歳厄年・輝龍会も大型の新作屋台を完成させていた。残念ながら当日の写真がないのだが、「ちょうどよく、大工がいたりパソコンができるやつがいたり、同級生でうまく回せるのがすごいなって」としみじみと語る場面があった。おおよそ10年に1度、1日だけのお祭りの日がきっかけになって、思いがけず色んな人生経験が透けて見えてくる。

9日午後3時20分。

浅原神社に巨大花火筒が到着すると、若者一同で「木遣り」を奉納。成人・青纏会の名を記したシンプルな白Tシャツは、汗だくだった。それでも、やりきった表情が爽やか。

向かい合うように「木遣り」の音頭を取るのは、今年のお祭りで各町内を取り締まる本部長、支部長たちの面々。25歳ほどの若者が代々務めてきた片貝まつり専門の要職だ。”顔役”の全員が揃う場面は、実はお祭りを通しても数度しかない。

なんと、ここでおしまいです(笑)

10日も若干の写真は撮ったのですが、何せ自分もお祭りにフル参加する身のため、記録を思うように残せず。「映える以上に映えてる」とも言われるまつりの名場面になんども遭遇しましたが、全て心に残して置こうと思います。

最後の一枚は、13日昼に、山の田んぼで拾った花火のかけらです。

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「花火のち晴れ」は、花火のふるさと“カタカイ”の日々を記録する日記のようなものです。いつもの静かな朝から、熱狂的なお祭りの夜まで。どこにでもありそうで、世界のどこにもないかもしれない、この町の姿を伝えていきます。

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