ぼくにとって片貝とは? 馴れ初め編

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2月27日(火)晴れのち曇り

晴れましたね。ぽかぽかと、まではいかず、気温は相変わらず低く、肌は冷たさを感じ赤くなります。しかしながら、気持ちの気温は少し高いかなと思います。

先日の訃報をうけて、久しぶりに「おにいちゃんのハナビ」を見ました。
先日の記事で「片貝に来た大きなきっかけの一つ」と書きましたが、片貝に2年前から頻繁に来るようになり、映画を見てはワクワクしたり、頑張らなければと思ったり。片貝に来始めた時の葛藤や楽しかったことを思い出しました。
片貝に来たきっかけ、片貝に通っていた頃の話。片貝にいるときはよく話をするのですが、文字としてよく考えたら残したことがないなと思い、この期に残してみたいと思います。きっと長くなります、あしからず。

そもそも私の片貝とのつながりは母が片貝の出身であるところからはじまります。母に連れられ、まつりには物心付く前から見にいってたそうです。昔は花火の大きな音が苦手でよく泣きじゃくっていました。だから、音と振動を楽しむのが一つの醍醐味となっている片貝まつりはあまり行くのが楽しみではなく、また実家から会場まで結構遠いので結構歩く必要があり、泣きじゃくって、歩き疲れ、幼いころはあまりいい思い出がなかったような気がします。
そんな幼年期をすぎ、花火も綺麗と感じることができるようになってから、母が33歳の厄年で同級生と花火を上げると聞いて「どういうこと?片貝まつりってどんな祭りなんだ?」と気になるようになって、色々と母に聞きました。同級会の存在、成人玉送り(通称成人戦)厄年、還暦、きやり、でんでぼっこ。ちかくにこんなまつりがあったんだと何か宝物をみつけたかのような、そんな感覚でした。

そしてこのころ「おにいちゃんのハナビ」が上映
片貝が舞台で、話によるとわたしの母の同級生が劇中の文字(習字)を手がけているとのこと。それで、ちょうど片貝まつりへの興味が上記のように深々だったので、すかさず見ることに。感想に関して書くとそれだけで1記事分くらい埋まってしまうので、省きますが、初めて見たときは中学生ながらも感動で涙がこぼれました。なにげなく見ていた花火のバックグラウンドには本当に様々なエピソードがあるのだと。奉納煙火とはそういうことなのかと。

それからは、毎年絶対に2日間欠かさずにまつりにいくようになり、花火以外の部分もよく見るようになりました。「でんでぼっこ!、でんでぼっこ!」と身体の動かせるところを余すことなく使って騒いで、酒のんで、それを見て楽しそうだなとか、いいなとか、羨望の目で見ていた所がありました。親に聞くと片貝中学校の卒業生が同級会を組んで、それで、まつりをするんだよと。
その時、片貝まつりは片貝の、片貝の人による片貝のためのまつりなのだと中学生ながらに確信すると同時に諦めもありました。どこか参加したいな、混ざりたいななんて気持ちがあったのかもしれない、いやきっとあったんだ。そこからは割り切って、桟敷で花火を鑑賞することが続きました。

しばらく経って、大学生になり、それでも欠かさず片貝まつりには行きましたが、その年の年末あたり母親からある地域団体のFacebookページを紹介されました。

「鍬とスコップ 大決起集会」

地域系の大学に通っていたので、地元に帰ってきたときに遊びに行けるような地域団体があったらいいなと軽い気持ちではありましたが、片貝ってことで段々緊張していきながらも日本酒の「ゆく年くる年」をもってアポなしで突撃訪問しました。これが鍬とスコップとの出会いです。
母に送ってもらい、会場である代表の佐藤瑞穂邸におろしてもらいました。緊張しながら向かうと、参加者の皆様が餅つきを楽しそうにしていたのを今でも覚えています。今思うと餅つきの和やかな感じは、私の緊張を解してくれたような気がしました。

そこからは中にはいって、片貝をテーマにひたすら語る、模造紙に書く、飲む、食べる(あおきやの肉が大量においてあって、結構嬉しかった記憶がある。)最初は緊張していたが、途中で帰らなければならず、最終的に帰るのが惜しいと思えるような夜でした。

この会に参加されていた方々は振り返ってみると、今でもかなりお世話になっている方ばかりでした。これが2015年12月30日のことでした。

「また、遊びにいけたらいいなぁ」
程度に最初は思っていました。大学に行っていても2ヶ月に1回くらいはこっちに帰ってきていたので、そういったときにでも!という風に思っていました。楽しかった思い出の余韻に浸りながらを年明けを迎え、私は自堕落な生活を家で送っていた所、ある電話がかかってきました。

「忘れ物しているよ!」

鍬スコの代表、佐藤瑞穂氏からの電話でした。決起集会の日は結構お酒が入り、酔っ払ってしまったため注意力散漫になり大学の資料などが入ったバックを忘れてしまっていました。電話を受けて、慌ててとりに行くことに。
取りに行くと、決起集会を行った建物の2F、とても雰囲気のある部屋に通されました。

そこで忘れ物を受け取り、小一時間くらい、決起集会のときにできなかった込み入ったお話をしました。
・片貝まつりに2日間欠かさずにずっと通っていたこと
・参加はできないという一種の後悔
・鍬スコはどんなことをこれからしていきますか?
など。

話が一通り終り、瑞穂氏からある提案をされます。

「これから成人の事務所に行ってみる?」

このとき、私は「おにいちゃんのハナビ」のあるシーンが不意に頭に浮かびました。おにいちゃんこと太郎君が成人事務所にいき、成人の人にボロクソいわれて、でていけや!なんていわれるシーンを。それ故にビビっていました。
しかしながら、またとない機会になるのかもしれない、なんて気持ちもあったので勇気をだしてついていってみることに。

成人の事務所は片貝町に通るバイパスの近く、少し町場から離れた場所にあります。それ故に夜道が暗い、それも相まって中に入るのがとっても億劫でした。中にはいるとおそらく開けた大きめの空間がまずあり、暗くはっきりとは見えませんでしたがそれでも、工具や屋台のような何かであったり、冷蔵庫が2つあったり、大量の空き缶(ビールや酎ハイ)が入ったゴミ袋などものが散乱しているのが見えちょっと不気味でした。その空間を左に進んでいくと階段があり中2階のような部屋あり、そこから幾つかの声が聞こえてきました。その声は楽しそうなものであったと今でも覚えています。でも、僕が入ったことによってこの声が止まるのかな?もしかしたらおにいちゃんのハナビみたいに罵声になるのかな?でも別に「成人会に入れてください」ってお願いするわけではないし、ただ隣の中学の同い年のやつが遊びに覗きに来ただけだし、、、、と自分の中で想像と予防線をとにかく引いていたのですが、身体は思考とは逆方向にすんなりと階段を登り、ノックをしていました。

さすがに、最初から私が顔をだすのもどうかと思い、瑞穂氏がまずは顔を出してくれました。その後緊張しながらも「どうも、、、」と顔を出しました。なかには8人の人がそれぞれ数人ごとに固まってくつろいだり、何かしら書類を書いていたり、携帯をいじっていたりしていました。とても自由な印象。しかし、瑞穂氏が中に入るとびしっとして「お疲れさまです!」とちょっと姿勢を正しました。「先輩と後輩の関係ってこうやって卒業した後もあるんだなぁ」とちょっと新鮮な気持ちになりつつ瑞穂さんにこっそりとついていき中にはいっていきました。中はまあまあ傷んだ畳が敷いてあり、ボロボロのストーブが2台しかなかったので、まあまあ寒かったです。


事務所の様子 レイアウトは同級会ごとに様々変わる。基本的なところはあまり変わらない
ちなみにこの写真は今年の成人「結虹会」

そんな部屋のほぼ中央に二人で並んで座り瑞穂氏が私を紹介してくれました。「お母さんが片貝で、となりの中学校だけど君たちの同級生だよ」なんてなことを言っていたような気がします。この辺の記録が緊張であまり覚えていません。でも、覚えているとすれば「はじめまして!」と向こうが食い気味に絡んできてくれて、歓迎の雰囲気を感じた気がします。おにいちゃんのハナビに感化されていてガチガチだった緊張感は次第に緩み始めました。そして気づくと目の前にお酒がおいてありました。一番絡んできてくれたのはこの同級会の会長をしている横山越史。すらっとした感じで、全体を盛り上げてくれている。その脇にいた小栗直実もいろんな質問をしてきてくれている。というか、小千谷市内に「小栗」って苗字の人いるんだっていうのが結構衝撃的だったこと今でも覚えています。


彼が横山越史 同級生からは「えっちゃん」と呼ばれている
かわいい顔して結構大胆な人である。ちなみにこの画像は2017片貝まつり

その後、瑞穂氏は気づいたら帰っており、その空間に一人残された。しかし、どういうわけか居心地が良かった。
まず、こういう場合はお互い接点探しから始まります。中学校が隣ってこともあり「〇〇ちゃんは高校のとき仲良しだったよ」とか「〇〇は元カノだった」とか僕の出身中学校の話題を振ってくれていました。
そうやって物珍しそうに色々聞いてくる人がいれば、よく見たら昔幼稚園が一緒だった幼馴染がいたり、飲んだ勢いでコールゲームをして、負けて人生で初めて日本酒を一気飲みしたり。夜はあっという間に気づいたら更けていて、日が短く日の出も遅い季節なのに明るくなったころに解散することに。
「明日も事務所にいるから来なよ」と越史に言われ、私は気持ちは揚々とお酒を飲まなかった幼馴染に家まで送ってもらって帰りました。
これが 成人 蝶世会との出会いでした。2016年1月3日のこと。

次の日、行こうか行かまいか、直前になって考えていました。昨日はとても楽しかったけど、まだ緊張はしていました。昨日は割りと勢いでもう行くしかない状況だったので、イケイケドンドン(古いかな、、、)でとにかく行くことできましたが、今日は行くか行かないか、自分で選択する事ができる。でもこれで行かなかったら次もっといきずらくなるしな、、、明後日には山形に戻ることにしていたし、結局行くことにしました。でも緊張は相変わらずしていたので、私は「wow wow tonight~時には起こせよムーヴメント~」を大音量で車の中で流しながら気持ちを大きくした気になって車を飛ばしました。

いざ、事務所に入るとこの日は人数が少なく5人位だった気がします。、でもなにやら今リアルタイムで神奈川からこっちに向かってきているという男がいるときいて、彼を待っている間飲んだり、コールゲームをしながら盛り上がっていました。けっこうな時間が経過したような気がしますが、そこで忘れた頃に到着します。黒い車で颯爽とではなく、バタバタと「おつかれ~っす」とはいってきたのは蝶世会の副会長浅田優希。


2016成人式のときの写真 左が浅田優希 右が筆者 21歳ながらすでにサラリーマン感を
この時彼に感じました。(彼は当時大学3年生)

彼がなかなか強烈で、入ってくるなり賞味期限切れ間近の変な味のカップヌードルを一箱担いでやってきて、いきなりお湯を沸かし始めました。その動作が終わると同時にコールゲームに割り込み、自分から負けては自分でコールをしてお酒を飲み始めました。飲み終わってから私の存在に気づいたようでそこで「はじめまして~」と
「勢い」に関しては今まで会った蝶世会の中では一番でした。(この時点でまだそんなにあっているわけではないですが、、、)それから数時間、彼と接点探しや普通に飲んだり、まぁまぁ酔っ払いました。昨日も心地良かったのですが、やはりそれでも気を遣ってました。その日はなぜだか全然気を遣わず、楽しんでいたと思います。彼の人間臭さみたいなある種の暖かさには今後救われることになります。

その日、日をまたいだ頃に一つの話題がでます。

「蝶世会はいって、塞の神でない?」と。

確か、会長の越史からの提案だった気がします。僕が同級会にはいる?最初のうちは冗談かと思っていたのですが、周りから「いいんじゃね?」という声がちらほらと。そんなに簡単なものではないだろうと思っていたのですが「いいよ、大丈夫大丈夫」と本気なのか、冗談なのかわからない会長の彼の言い振りにはどことなく期待していたところもあります。本心はこの時「仲間に入りたい」ときっと思っていたのだと。
本心は同級会にはいれるものなら入りたいと思っていました。しかしながら様々な問題がきっと出てくるだろうとそもそもまだ蝶世会の人全員に会ったわけではないし、きっとお金もかかるだろうし、先輩、後輩とかの付き合いなんて、全然知らない人だらけだし、様々な心配は後を絶たなかった。それでも、今までの片貝まつりへのいろんな思いが湧き上がってきました。一生参加することはできないと思っていた片貝まつりに参加することができるかもしれない、しかも成人で。その気持が今までの羨望や諦め、を洗いざらい拭って不安や心配を取っ払っていった。結構悩んだけど、伝えた気がします。

「同級会、入れるなら入りたい。」と少し控えめに。

ここから、本当に蝶世会に入ったので、今があるわけですが、ここからがやはり結構たいへんでした。
それをここで書き始めると果てしないことになるので、また時間があるときにまとめることができればと思います。

自分のエピソードなので、書いていて曖昧なところは主観的にぼかしたりしていますが、大きなズレはないでしょう。中々今思い返しても濃いエピソードだなと時々思いながら書いていました。本当はもっと登場人物もたくさんいます。くだらないエピソードやとりとめもない会話が沢山ありました。それらを踏まえてみてもこのエピソードで想うこととして、「片貝はそんなに排他的ではない」ということなのかなと思います。ぼくが「おにいちゃんのハナビ」に感化されすぎているだけかもしれませんが(汗)
あの9月9日10日の華やかなハナビのバックグラウンドにはこういったエピソードを含め本当に様々な物語だらけです。それをもっと拾って、残していければなって思ってまずは少し自分のを振り返ってみました。こういったエピソードを文字化するのは中々恥ずかしいものだなと今回思いましたが、また書いていきたいと思います。

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